ある女子高生のお話

私が思った。

おじいちゃんと卒業アルバム

8月14日。私の祖父の命日だ。

私は後悔ばかりの人生を送っている。その後悔の一つに、祖父が関係しているのは誰も知らない。

 

後悔といえど、色々あると思う。私は砂粒のような後悔を日々積み上げているが、そうではない人もいる。だが、この祖父への後悔は砂粒なんかじゃない。そんな些細なものではない。

 

 

私の祖父は、心臓が悪かった。昔は1人で生活も出来ていたし、叔母や私の家で過ごしていた時期もあった。だが、中学2年生の頃からか。祖父は入退院を繰り返すようになった。

 

小学6年生の頃、祖父は私の家に住んでいた。私はその頃、写真が嫌いでニコリともしない無愛想な子供だった。自分の笑顔を機械に向けることが、とてつもなく嫌だったのだ。それは卒業が近づいても変わらなかった。無愛想な私が、卒業アルバムに並んでいる。不思議なことに、写っている私は確かに幸せだったはずなのに、ニコリともしていない。卒業アルバムには後悔ばかりを抱いている。

 

母は、私に「おじいちゃんに、卒業アルバム見せてあげな」と言った。正直に言うと、嫌だった。昔から自分の顔は好きじゃなかった。コンプレックスの塊だったが、男子などにからかわれやすい年頃だったこともあり、私は拒んだ。それどころか、自室のクローゼットの奥の方に隠してしまったのだ。

 

 

それから私は、母の通っていた公立の中学校に進学した。母の通っていた頃とは違う制服だったが、祖父は満足そうだった。

 

小学校の卒業アルバムは、見せられなかった。機会を完全に逃してしまった。

 

中学3年生になって、卒業を意識し始めた私は、次こそは、祖父に卒業アルバムを見せようと思った。写真嫌いは直っていたし、入退院を繰り返す祖父に、自分の中学校生活を見て欲しかったのだ。

 

 

そして、夏。受験生ということで高校見学、塾、課題などに追われる日々。母と進路のことでぶつかり続けたこともあり、私の生活習慣はめちゃくちゃだった。さらに、私は母から衝撃的なことを教えられた。

 

「青。おじいちゃんが認知症なのはわかってるよね?...おじいちゃん、青のことがわからない時があるみたいなの」

 

私だけ。私だけ、祖父の中から消えている。叔母と母は、自分の娘たちだから。従姉妹たちはもう成人済みで、長い間関わってきたから。私の弟たちは、祖父の血を引く初めての男児で、祖父はとても嬉しかったから。私だけ、私だけがいない世界を、祖父は生きていた。

私は、祖父のことを少し避けるようになってしまった。祖父は、何も悪くないのに。

 

 

ある昼下がり、弟は寝ている私を起こして言った。

 

「青、おじいちゃん死んじゃったよ」

 

私はその言葉で目が覚め、飛び起きた。え、おじいちゃん死んじゃったの!?と聞くと、弟は頷いてドアを閉めた。そういえば、朝早く母が私に何か言っていたような。

 

夜、私は祖父に会いに行った。初めて、死に触れた。綺麗な顔だった。だが、その細い首も手足も、指先もぴくりともしない。薬の投与でアザのような青が多く出た、細い手首。顔には白い布がかけられていて、祖父は、確かに、確かにそこにはいなかった。

 

 

祖父の亡くなるたった2週間前に、私は祖父のお見舞いに行っていた。今通っている高校と、祖父のいる病院が近かったからだ。久しく会っていなかった祖父は、まだ私を思い出していないだろうと思っていた。だが病室に入り、カーテンをくぐった後、私はなんて自分はひねくれていたのだろうと思った。

 

叔母は祖父に、「(母)と青が来たよ」と言った。祖父は目を開け身体を起こし、しばらくすると泣き出した。

 

「大きくなったなあ、大きくなったなあ」

 

そう言って泣いているのだ。私は馬鹿だった。大馬鹿者だった。私はちゃんと、祖父の中で生きていた。私はちゃんと、愛されていた。私は、ちゃんとあなたの孫だった。

 

 

卒業アルバムは、見せてあげられなかった。私は、祖父は私が中学校を卒業しても生きているものだと思っていたのだ。甘い考えだった。別れは、死はいつだって突然だと言うのに。

 

大きくなったなあ、なんて。私はこれからも成長するよ。お父さんに似て、身長も女にしては高い方だし。あの中学校のダサい制服じゃなくて、高校の制服姿も見て欲しかったよ。受験を乗り越えた姿、見て欲しかったよ。私の中学校3年間、見て欲しかったよ。とってもとっても幸せだったんだよ。卒業文集だって読んであげたかったよ。私の声で、私の言葉を。

でも、ダメだったね。小学生の時、クローゼットに隠しておかなければ。あの時、恥ずかしがらずに、見せてあげればよかったね。

 

そんな言葉は、もう祖父には伝わらない。これを読んだ人が、卒業アルバムを大切な人に見せていなかったら。どうか早く、早く見せてあげてください。

あなたが、私と同じ後悔をしませんように。